他の人が見えないものが見える人が抱える深い苦悩と業

他の人が見えないものが見える人が抱える深い苦悩と業

他の人が見えないものが見える人が抱える深い苦悩と業
読んで役に立つ,学びがあったと思った方は「いいね」やシェアをお願いします。

こんにちは。
アップスタッツの飯山です。

 

今日,この記事を書いているのが
3月11日15時過ぎです。

 

3.11をきっかけに思い出したことがあり…
いろいろ思うことがあって,
いつもより早い時間に書いています。

 

なので…
書く内容は…
ガッツリと…
「執筆カロリー」
を消費する,
書き手には重たい内容です。

 

 

読み手にとっては…
響く人にはガツンとくる。

 

 

響かない人は…
何いってんのこの人?
くらいの内容になっています。

 

あなたはどちらになるでしょうか。

 

お題は,
「見えないものが見える人が抱える苦悩」
の話です。

 

一世を風靡した,
スピリチュアル的な話ではありません。
そういう要素は完全にゼロである,
とまでは言いませんが,
主題としてはまったく違います。

 

 

他の人が見えないものを
自分だけが見えてしまうことが
いかに辛く苦しいことなのか。

 

その苦しみに対して
どう向き合っていったらいいのか。

 

私はこう考える…
という内容をお届けします。

 

これを読んで,
あなたはどう考えるのか。

 

以下,
お付き合いください。

 

 

 

椅子の下の爆弾の話

 

 

 

かれこれ20年くらい前の話でしょうか。
とある体験型セミナーに参加したときのことです。

 

そのセミナーは何段階にも分かれていて…
結局,このセミナー会社には,5年くらいはお世話に
なったでしょうか。

 

当時の交友関係は今も続いており,
ごく一部では,クライアントにも
なっていただいています。

 

 

そんなセミナーの,あるワークの話。

 

 

目の前に,
扇形に並べた数脚の椅子があり,
そこに一人ずつ…座っています。

 

自分は,
その扇形の正面におり,
目の前には椅子に座った数人の人達がいる。

 

 

そんな状況です。

 

 

お題は…

その目の前の扇形の椅子の下に,
目に見えない爆弾が仕掛けられています。

が。

 

座っている人たちは,
その爆弾には気づいていない,
という設定です。

 

 

座っていたままだと,
爆弾が爆発してしまい,
命を落とす。

 

だから…
その爆弾に唯一気づいている
自分だけが何とかしなければいけない。

 

ワークとしては,

 

「立て」
「立ってください」
「立ちなさい」

 

 

といった,いくつかの
決められた言葉しか使ってはいけません。

 

言われた側は,
言われて「立ってもいい」と思った時に,
立ち上がる。

 

そんなワークです。

 

このワークの意義や目的は
関係ないので省略するとして。

 

 

実際に,
このワークをやってみて,
そのワークの目的とは別に,
しみじみ実感したことがあります。

 

他の人には見えなくて,
自分にだけは見えるということが,
いかに疎外感をいだき,
辛く苦悩することか。

 

 

これは,
セミナールームの中の
バーチャルな話ですが。

 

 

実は,
この内容に該当するような
実際の出来事があります。

 

 

 

実際にあった出来事

 

 

エピソード自体は,
又聞きであり,
裏を取っていないので…
本当のことかどうかはわかりません。

 

でも,
実際には間違いなく
出来事自体は起きています。

 

 

時は2004年。
インドネシアで発生した,
いわゆるスマトラ島沖地震のことです。

 

地震の規模は…
東日本大震災と同じ,
マグニチュード9.1。

 

平均高さ10メートルにも到達する
津波が何度もおしよせ…

 

2005年1月20日時点での
死者数は,22万6566人。

 

観測史上最悪の被害です。

 

 

さて,
そんな地震と津波の被害において…
実際に,又聞きで知った逸話が,

 

まさに,
「見えないものが見える人」
が,
「見えない人」
に対して働きかける,という話です。

 

そう,
私達,日本人であれば…
大きな地震の後には津波が来る。
これはよく知っていることです。

 

 

ですが,
インドネシアの現地の人たちは,
津波というものに対して,
どれだけのリアリティ,特に
危機感を抱くことが出来たのでしょうか。

 

又聞きの逸話は…

 

たまたま現地に居合わせた日本人が,
地震に遭遇。

 

 

津波の発生を想定。

 

 

でも…現地の人達は,
誰もがその危険性を認識できない。

 

 

まわりの現地の人達とは
言葉もろくに通じない中で,

 

 

差し迫る危険を前に,
どれだけの孤独感と,焦燥感を
抱いたことでしょうか。

 

幸い,
悲壮感の元に,ひたすら大声で
避難を呼びかけ…
その海岸付近にいた人たちは
事なきを得…
そして,日本人に深い感謝をした,
…という局地的にはハッピーエンドで終わる
エピソードでした。

 

 

これが…

「他の人が見えないものが見える」

ことの苦悩です。

 

 

 

家族が鼻で笑った話

 

 

 

別の話です。

 

震災などの災害対策は
リアリティを抱きやすいでしょう。

 

では,
そうではなく,
食糧難になったらどうなるのか。

 

 

この飽食の時代に,
食糧難…なんて考えられない。
…という人が大多数ではないでしょうか。

 

 

でも…実際,日本という国家の
経済力は落ち目で,
円安が続く中…

 

 

海外では戦争も起き,
資源の輸出入においても,
さまざまな支障が出ています。

 

わかりやすいところでは,
物価が,ガンガン値上げしているのを
目に見えて実感できるのではないでしょうか。

 

 

 

食パンの値段が,
朝の値段から夕方になるまでに
何倍になっている…
なんて,かつてのジンバブエのような
ハイパーインフレにまで
なるかどうかはわかりませんが。

 

でも,
実際には値上げがしており,
国民の所得は増えず…
食料自給率の低さを考えると…

 

遠からず,
食糧難がやってくる。

 

この危機を真剣に捉え…

 

 

自分と同居する家族が
「3年」
しのげるだけの
様々な対策をした上で…

 

 

少し離れたところに済む
兄弟姉妹に対して,
備蓄の重要性を説き,
一部の備蓄用品を
贈り物にしようとしたところ…

 

鼻で笑われ,
拒否されたそうです。

 

 

 

その人にとっての真実

 

は…真実であり,
それは正しいも間違っているも,
ありません。

 

真実は,人の数だけ存在するのです。

 

だからこそ,
その人が様々な専門家の
意見を元に,情報収集をして
自分で考え,結果として…

 

近い将来,
食糧危機が起きる。

 

生き延びるには
3年分の対策が必要。

 

…という結論になりました。

 

 

それは
「その人にしか見えない危機」
です。

 

 

そして…
その人にしか見えない危機に対して,
親しい家族が苦しまないように,
対策を呼びかけ,
対策アイテムを送ろうとしたところ…

 

鼻で笑われ拒否された。

 

これが

 

「他の人には見えない何かが
見えてしまう人が抱く苦悩」

です。

 

 

この苦悩の業が深い部分

 

 

 

では,
この問題の,
本当に根深い問題はどこにあるのか。

 

仮に,
食糧危機が訪れます。
様々な人が,
栄養失調で疾病に掛かり…
死んでいきます。

 

もし,
その兄弟姉妹が死んでいった時に,

 

「だからあの時言ったのに!ざまあみろ!」

 

…にはならないわけですね。

 

 

相手を案じて行動すした結果
鼻で笑われた…

 

 

つまり,案じるほどの関係性があるのですから。

 

 

その時に残るのは

「助けてあげられなかった」

…という挫折感です。

 

 

では
自分の備蓄を切り崩して
助けてあげたらどうなるのか。

 

仮に,2人分の備蓄しかしていない中で,
別の誰か1人を助けたら何がおきるのか。

 

最悪の事態は,
全員が野垂れ死ぬ可能性でしょう。

 

つまり,
備蓄を死守して,
自分ともう一人を助け…
目の前で身内が野垂れ死んでいくか,
3人全員が野垂れ死ぬか。

 

「カルネアデスの板」状態ですね。

 

くれもまた苦しい話。

 

また
備蓄をせずに食糧危機に直面。

 

備えていた人は安全です。
でもそうでない人は…?

 

その時,
備えていた人たちは,
どう思うでしょうか。

 

 

「なんで,もっと前もって教えてくれなかったのか」

 

 

…と糾弾するのでは
ないでしょうか。

 

 

実際には,何度も呼びかけたのに,です。

 

その先は…
もしかしたら略奪なんてものも
発生するかもしれませんね。

 

何から何まで,
業が深い,この…

 

「周りの人たちが見えないものが
自分にだけ見えてしまう」

 

この問題。

 

 

どう向き合ったらいいのでしょうか。

 

 

解決策はない

 

…です。

 

話がそれるので,詳細は省略しますが,
未来を含めて
「見えないものを見る」
には適性が必要です。

 

私はこれを
「直面能力」
と呼んでいます。

 

 

人には直面能力の
「程度の差」
があり…

 

他の人が見えないものが見えるのは,
「直面能力」
の違いによって発生します。

 

だからこそ,
他の人にも見えるようにするには
直面能力を引き上げればいいのですが。

 

これは,不可能…
とまでは言いませんが,
至難の業です。

 

だからこそ,自分だけが
見えるものを見て,
業を背負って,
歯を食いしばって生きていくしかないのです。

 

 

それは本当に辛く,苦しいことです。

 

 

私も,かつて体験したことがあるから
よくわかります。

 

 

私は,
自分の直面能力を大きく超える
「何か」
に直面しようとして失敗,
大きな挫折をして,今に至ります。

 

私が言えることはただひとつ。

 

それでもなお,
その業を背負って…
「自分にしか見えないもの」
に向き合って生きていく。

 

そんな人に対して,称賛と敬意を。
そして,これからも折れずに
その道を歩み続けられることを
心から祈念いたします。

 

 

あなたがより「アップスタッツ」な明日になりますように。
アップスタッツ 飯山陽平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください