両者の「当たり前」を整える

両者の「当たり前」を整える

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先日のことです。
バックエンドとかLTVとか…そんなマーケティング用語が飛び交う状態で話をした後のことです。
その意識のまま,別の人と話をしたときに同じようなマーケティング用語を繰り出してしまったところ,相手はしばし硬直。

…やってしまいました。
専門家がやってはいけない大罪トップ3に入るであろう,
「専門用語の多用」
です。

相手が理解していないであろう専門用語を繰り出すのは良くない。
これは当たり前な話であり,基礎中の基礎。

ここで繰り返すまでもないでしょう。

では,それだけでいいのでしょうか。

つまり,専門用語さえ使わなければいいのでしょうか。

これが,今日のテーマです。

少し小難しい話をします。

民法という法律で,
「制限能力」
という項目があります。
いわゆる未成年者だったり,あるいは認知症や精神疾患の人は,通常の健全な人とは判断力が違うので保護する,という趣旨の一連の規定です。

これが,この民法のわかりにくさでもあります。

そこに書いてある以上,それが原則だと思ってしまいます。
けれど,本当は違うのです。

民法…すなわち,一般人同士が自由に契約などを締結する,というのが原則であり,大前提です。
けれど,その自由な契約の中に,認知症の方も含めてしまうと,不合理な結果になるので,それを是正しましょう,という「例外としての扱い」がそこに書いてあるのです。

ですが。
法律を全く知らない人は,その
「制限能力」
に関する規定だけをみて,それが当たり前だと思ってしまいます。

民法に限らず,
「当たり前過ぎること」
は,わざわざ法律に書いていません。
なぜなら言うまでもなく当たり前だから,書くまでもない,ということなのでしょう。

けれど,全く知らない人から見たら,その
「当たり前」
すら知らない場合があります。

そういった時は,
「当たり前」
という前提を欠いた状態になるので,大混乱を巻き起こすことになるのです。

法律で説明すると,多少は分かりやすいでしょうか。
かえって分かりづらかったらご容赦下さい。

さて本題です。

専門用語さえ使わなければいいのでしょうか。
専門用語の使用を回避すれば,それで伝わるのでしょうか。

これに関しては,世界ナンバーワンマーケティングコンサルタントのジェイ・エイブラハムが実際に体験した話です。

紹介料10%で紹介依頼をしてもなかなか紹介案件が増えない,という人に対して,
「紹介料を100%にして下さい」
と指示したところ,
「バカをいえ!」
と罵られたのだとか。

結局,これはLTVというマーケティング戦略に則って,初めは赤字でも,いずれ元が取れる…という発想に基づいた指示です。
けれど,相手にとっては,100%払ってしまったら大赤字です。とても許容できず,思わず罵ったのでしょう。

これは,LTVという言葉さえ使わなければ済む問題なのでしょうか。

実際,私もLTVという発想を知らない人に,
「紹介したら報酬を100%払ったらどうですか?」
と提案して…やはり罵られました。

私にとっては取引の期間を一定期間取って,長い目で見て黒字になるかどうか。そこで判断した上での提案でした。
良い商品であれば,きちんと仕掛けを施せば,取引期間が長くなるもの。
十分に良い商品なので,問題無く長期間の取引になり,黒字化できる,という発想でした。

ところが。
ただでさえ今,利益が出ずに苦しんでいる状況下の経営者にとって,大赤字間違いなしの提案をされたら,怒りたくもなるでしょう。

この場合。
「取引期間」
あるいは
「取引頻度」
という,シンプルで「当たり前」の前提があるかどうか。
そこに違いがあります。

「当たり前」
だからこそ,ついそれが理解されている前提で話をしてしまいます。
けれど,相手にとってはそれが当たり前ではないので,
「あんた,何言ってるの?」
となってしまうのです。

自分の「当たり前」と相手の「当たり前」を整えないと…上手くいくはずがありません。
「当たり前」の難しいところは「当たり前」過ぎて,なかなか意識されないこと。

朝起きてベッドから出てきたら,右足からスリッパを履くか,左足からスリッパを履くか。
あるいは,歯を磨くときに,右からか左からか。

これくらい,いちいち意識していないからこそ「当たり前」なのですが,だからこそつい見落としがちでもあるのです。

…という「当たり前」の話でした。

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